語りの違和感

「あなたの仕事、AIに奪われます」

そういう広告を見かけるたび、
「平手打ちだな」と、私は思います。

平手打ちという技法

昔、漫画を仕事にしていた頃。
私は、シナリオ技法の本をよく読みました。

平手打ちは、物語の冒頭で、観客の注意を引く手法。
パーン!と平手打ちをすることで、感情を揺さぶり、
そこから状況を見せ、物語に引き込みます。

物語の場合、
平手打ちをする人・される人の間には関係性があり、
その衝撃は「動機」として受け入れられます。

広告における平手打ち

広告の場合は少し違います。
関係性のない相手に、いきなり平手打ちをする。

不安 → 救済 → 商品
という三段構えの語りのために、
「動機」を「必然」に置き換えるのです。

たとえば、こういう語り方。

あなたの仕事、AIに奪われます。
今すぐスキルをアップデートしないと、未来はありません。

でも安心してください。
●●でアップデートできます。

いまなら初月が無料です!

これは、演出です。
語り手の目的は、不安を刺激し、商品へ誘導すること。

昨夏のSNS投稿と語りの意図

昨夏、私はSNSで
「SEOとAI検索最適化は本当に別物か?」
という投稿をしました。

ありがたいことに、思った以上に反響がありました。

そこで私が問いかけたのは、
技術そのものではなく、語りの構造でした。

AIエージェントが語るとき、そこに「個性」はあるのか。
「最適化」の名のもとに、語りの本質が失われていないか。

投稿に添えたのは、水門川の動画。
ベンチに座り、落水を眺めるだけの静かな映像。
音はなく、ただ落水だけが映っている。

語らないことで伝わるもの

水門川の動画は、音がない。
構造だけがある。
だから、いつまでも眺めていられる。

語らないことで、心穏やかでいられる場がある。
煽らない、でも、放っておかない。
技術の話でも、こうした余白が必要だと思っています。

「技術のまなざし」で見ていくもの

このカテゴリでは、
技術そのものだけでなく、
技術がどのような前提や構造の上で
語られているかを扱います。

はじまりは、連作「語りの構造」。
技術に関する広告やAIまわりの言葉を題材に、
語りがどのように組み立てられているかを見ていきます。

煽る語り、
過剰な語り、
曖昧な語り。

もし、どこかの語りに違和感を覚えたことがあるなら。
あるいは、自分の語りを整えたいと思ったことがあるなら。

この連作が、ちょっとした読み物になれば嬉しいです。
どうぞ、ゆっくり眺めてらしてください。